見積もりの甘さで組織を炎上させる男
Abstract
楽観的な見積もりと虚偽報告で、プロジェクトを次々と炎上させる炎上メーカーの生態記録
基本情報
- 通称: 炎上メーカー
- 学名: Homo combustionis spontaneus(自然発火するヒト)
- 役職: 少し偉い人
- 特技: 見積もりを外す、虚偽報告、弱い者いじめ
- 弱点: 勢いのある人間、元の部署
第一章:炎上の法則
炎上メーカーが関わるプロジェクトには、ある法則がある。
必ず炎上する。
これは偶然ではない。彼の行動パターンを分析すると、炎上は必然的な帰結であることがわかる。
心理学には「楽観バイアス」という概念がある(Weinstein, 1980)。人は自分に都合の良い結果を過大評価し、リスクを過小評価する傾向がある。
炎上メーカーは、この楽観バイアスが病的なレベルで発達している。
「なんとかなる」「たぶん大丈夫」「やってみればわかる」
これが彼の口癖だ。そして、なんとかならない。
第二章:システム刷新案件の惨劇
ある大規模なシステム刷新案件があった。
炎上メーカーは、以下のタスクを同時に実行しようとした:
- データベースのメジャーバージョンアップ
- クラウド環境への移行
- 内部連携システムの全面刷新
- アプリケーションのコンテナ化
- セキュリティ脆弱性の対応
ソフトウェアエンジニアリングの世界には「ビッグバンリリース」という言葉がある。すべてを一度に変更しようとするアプローチだ。
これはアンチパターンとして知られている。
なぜなら、問題が発生したとき、何が原因かを特定できないからだ。データベースの問題なのか、クラウド環境の問題なのか、アプリケーションの問題なのか。すべてが同時に変わっているため、切り分けができない。
「一度に一つのことだけを変更せよ」 ― ソフトウェアエンジニアリングの基本原則
炎上メーカーは、この原則を完全に無視した。
結果は予想通りだった。プロジェクトは大炎上。スケジュールは大幅に遅延し、品質は壊滅的だった。
しかし彼は反省しない。「想定外のことが起きた」と言い訳する。
いや、想定内だ。誰もが予想していた。
第三章:虚偽報告の代償
炎上メーカーには、もう一つの特技がある。
やっていないことを「やった」と報告する。
ある時、セキュリティ脆弱性への対応が求められた。期限は迫っていた。
彼は報告した。「対応完了しました」
しかし、実際には何もしていなかった。
これは単なる怠慢ではない。組織的なリスクだ。
セキュリティ脆弱性を放置することは、顧客データの漏洩、システムの乗っ取り、企業の信用失墜につながる可能性がある。
案の定、後になって「対応していなかった」ことが発覚し、大問題になった。
心理学では、このような行動を「道徳的離脱」と呼ぶ(Bandura, 1999)。自分の非倫理的な行動を正当化するメカニズムだ。
「どうせ大したことない」「誰も気づかない」「他の人もやっている」
このような思考で、彼は虚偽報告を合理化していたのだろう。
第四章:人命より会議
ある日、部下が体調不良で倒れた。
明らかに様子がおかしい。顔色は蒼白、意識も朦朧としている。
周囲の人間は「すぐに救急車を」と言った。
炎上メーカーの反応はこうだった。
「会議があるから、後にして」
彼にとって、会議のスケジュールは人命より重要だったらしい。
幸い、他の同僚が迅速に対応し、その部下は一命を取り留めた。もし炎上メーカーの指示に従っていたら、どうなっていたかわからない。
これは「権威への服従」の危険性を示す事例でもある(Milgram, 1963)。上司の指示だからといって、明らかに間違った判断に従う必要はない。
この件で炎上メーカーが処分を受けたかは不明だが、組織内での評判は確実に下がった。
第五章:弱い者いじめ
炎上メーカーには、もう一つの顔がある。
弱い者には強く、強い者には弱い。
組織の中で立場の弱い人間、例えば窓際族と呼ばれるような人々に対しては、執拗に攻撃する。
重箱の隅をつつくような指摘を繰り返す。些細なミスを大げさに取り上げる。人前で恥をかかせる。
これは典型的な「パワーハラスメント」だ。
厚生労働省の定義によれば、パワハラとは「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」である。
炎上メーカーの行動は、この定義に完全に当てはまる。
しかし、反撃してこない相手だから、彼は安心してハラスメントを続ける。
第六章:おべっか使いの顔
一方、勢いのある人間、大胆で物怖じしない人間に対しては、態度が一変する。
急に友好的になる。おべっかを使う。「仲間」になろうとする。
これは「印象管理」の一種だ(Goffman, 1959)。自分にとって脅威となりうる相手を、味方につけようとする戦略。
彼の中には、「敵か味方か」という二分法しかない。
そして、敵になりそうな強い相手は、先手を打って味方にしておく。味方になれば攻撃されない。
これは生存戦略としては合理的かもしれない。しかし、周囲から見れば、その変わり身の早さは滑稽であり、信用を失う原因にもなる。
「人間の本性は、弱い者に対する態度に現れる」 ― 作者不詳
第七章:返品不可
炎上メーカーには、ある噂がある。
元の部署に返そうとしたら、「いらない」と断られた。
これは組織において、極めて珍しい事態だ。
通常、人事異動は双方の合意のもとに行われる。送り出す側と受け入れる側が協議し、異動が決まる。
しかし炎上メーカーの場合、元の部署が受け入れを拒否した。
「あの人は返してもらわなくていいです」
これが、彼の「市場価値」を如実に示している。
経済学には「逆選択」という概念がある(Akerlof, 1970)。情報の非対称性により、質の悪いものだけが市場に残る現象だ。
炎上メーカーは、組織内の「逆選択」の産物かもしれない。どの部署も彼を欲しがらないため、たらい回しにされ続ける。
第八章:最悪のコンビネーション
炎上メーカーと丸投げ侍がタッグを組むと、どうなるか。
確実に失敗する。
丸投げ侍は、具体的な計画なしに「できます」と約束する。炎上メーカーは、楽観的な見積もりでプロジェクトを立ち上げる。
どちらも曖昧さを武器にし、責任を回避する術に長けている。
しかし、二人とも実行力がない。
約束だけが積み上がり、誰も手を動かさない。そして期限が迫ったとき、すべてが崩壊する。
これは「責任の分散」の悪しき例だ(Darley & Latané, 1968)。複数の人間がいると、「誰かがやるだろう」と思って誰も動かない。
炎上メーカーと丸投げ侍のコンビは、この責任の分散を極限まで推し進めた形態だ。
第九章:育ちの良さという呪い
炎上メーカーを観察していて、ふと思うことがある。
この人は、苦労したことがないのではないか。
彼の振る舞いには、「何でも与えられてきた人間」特有の甘さがある。
困難にぶつかったとき、自分で解決する能力がない。誰かが助けてくれると思っている。失敗しても、なんとかなると楽観している。
心理学には「学習性無力感」という概念がある(Seligman, 1975)。繰り返し失敗を経験すると、「何をしても無駄」と学習してしまう現象だ。
炎上メーカーは、その逆かもしれない。学習性万能感とでも呼ぶべきか。
失敗しても周囲がカバーしてくれる環境で育ったため、「何をしてもなんとかなる」と学習してしまった。
これは本人にとっても不幸なことだ。現実の厳しさを知らないまま、組織の中で漂流し続ける。
対策
1. 見積もりを第三者にレビューさせる
炎上メーカーの見積もりは、必ず技術者や経験者にレビューさせる。「なんとかなる」を許さない。
2. 段階的リリースを強制する
ビッグバンリリースを禁止し、小さな変更を段階的にリリースするプロセスを組織のルールとして定める。
3. 報告の検証体制を整える
「完了しました」という報告を鵜呑みにせず、客観的な証拠を求める。特にセキュリティ関連は第三者による検証を必須とする。
4. ハラスメント窓口の周知
弱い立場の人が被害を受けたとき、すぐに相談できる窓口を整備し、周知する。
5. 炎上メーカー × 丸投げ侍を組ませない
この二人を同じプロジェクトに配置しない。組織として明確なルールを設ける。
観察者の所感
炎上メーカーは、ある意味で「正直」な人間だ。
彼の行動原理は単純明快。自分が楽をしたい。責任を取りたくない。強い者には逆らわない。弱い者には威張りたい。
これは人間の本能的な欲求を、何のフィルターもなく表出しているだけだ。
多くの人は、社会性というフィルターを通してこれらの欲求を制御している。しかし炎上メーカーには、そのフィルターが欠如している。
「人格とは、誰も見ていないときに何をするかである」 ― C・S・ルイス(帰属)
炎上メーカーは、誰かが見ているときでさえ、本性を隠せない。
それが彼の「正直さ」であり、同時に「限界」でもある。
組織は彼を排除できない。しかし、彼に重要な仕事を任せることもできない。
結果、彼は組織の中で浮遊し続ける。どこにも属さず、どこからも必要とされず。
これが、炎上メーカーの末路だ。
参考文献
- Akerlof, G. A. (1970). The market for “lemons”: Quality uncertainty and the market mechanism. Quarterly Journal of Economics, 84(3), 488-500. DOI
- Bandura, A. (1999). Moral disengagement in the perpetration of inhumanities. Personality and Social Psychology Review, 3(3), 193-209. DOI
- Darley, J. M., & Latané, B. (1968). Bystander intervention in emergencies: Diffusion of responsibility. Journal of Personality and Social Psychology, 8(4), 377-383. DOI
- Goffman, E. (1959). The Presentation of Self in Everyday Life. Anchor Books.
- Milgram, S. (1963). Behavioral study of obedience. Journal of Abnormal and Social Psychology, 67(4), 371-378. DOI
- Seligman, M. E. P. (1975). Helplessness: On Depression, Development, and Death. W. H. Freeman.
- Weinstein, N. D. (1980). Unrealistic optimism about future life events. Journal of Personality and Social Psychology, 39(5), 806-820. DOI