Journal of Ojisan Studies
Vol. 1 | 2026 | Original Research

「全部壊して俺が作り直す」― グレートリセット癖という病

Anonymous Researcher
Department of Corporate Anthropology, Institute for Ojisan Research
Received: 2026年1月5日 | Published: 2026年1月5日

Abstract

既存のプロセスを全否定し、自分だけの『最強のやり方』で組織を再構築しようとする。そして何も良くならない。グレートリセット癖を持つおじさんの生態観察。


本日の観察対象

不眠キング (Homo insomnicus superiorus) 役職:偉い人 / 症状:重度のグレートリセット癖 / 危険度:SSR

離職率マスター (Homo resignationis catalyst) 役職:少し偉い人 / 役割:変換器・点火役 / 危険度:SR


観察記録

第一章:グレートリセット癖とは何か

ある日、不眠キングが宣言した。

「今までのやり方は全部ダメだ。俺が新しいプロセスを作る」

会議室に沈黙が流れた。また始まった、と誰もが思った。

グレートリセット癖とは、既存の構造やプロセスを「いけてない」と全否定し、自分の考える「最強のやり方」で一から作り直そうとする衝動のことである。

彼らはこれを「フルリセ」と呼ぶ。フルリセット、の略だ。

「今度フルリセするから!」

企画職の人々は楽しそうにそう言う。目を輝かせて。まるでサプライズパーティーを企画するかのように。

しかし、ソフトウェア開発やサービス運用の経験がある者なら知っている。いきなりのUIの大幅変更は、最悪のアンチパターンである。ユーザーは混乱し、サポートコストは跳ね上がり、離脱率は上昇する。

段階的な改善。A/Bテスト。ユーザーフィードバックの収集。これらを地道に積み重ねるのが、まともなプロダクト開発だ。

だが彼らにとって、「フルリセ」は手段ではない。目的だ。

変えること自体に快感がある。リセットボタンを押す瞬間のカタルシス。「俺が変えた」という達成感。その快楽のために、ユーザー体験は犠牲にされる。

この症状を持つおじさんには、以下の特徴がある:

  1. 既存の仕組みの良い部分を認めない
  2. 問題の原因分析をしない(または浅い)
  3. 「俺が作り直す」という万能感
  4. 作り直した結果が元より悪くなっても認めない

これは心理学で言う「NIH症候群(Not Invented Here)」の亜種と言える。自分が関与していないものは価値がない、という認知バイアスだ。

「自分で発明したものでなければ、価値を認めたくない」 ― NIH症候群の本質


第二章:💡ピコーン ― 短絡的因果推論の瞬間

グレートリセット癖が発症する瞬間には、特徴的なパターンがある。

我々はこれを「ピコーン」と呼んでいる。

ピコーンとは、複雑な問題を目の前にした時、表面的な情報だけで「分かった!」と飛びつく現象だ。漫画で頭の上に電球が光るあのイメージである。

実際に観察されたピコーン事例:

【問題】 要求仕様と実装にずれがある

【不眠キングの脳内】

要求仕様とのずれ...🤔

ずれがある...

💡ピコーン!

これはコミュニケーションの問題だ!!!

この瞬間、不眠キングの目は輝いていた。「分かった」という確信に満ちた顔。

しかし待ってほしい。

要求仕様と実装のずれには、様々な原因がありうる:

  • 要求獲得プロセスの問題
  • ドメイン知識の不足
  • 技術的制約の見落とし
  • 仕様変更の管理不備
  • レビュープロセスの欠如

これらを丁寧に分析する必要があるのだが、ピコーンは待ってくれない。

コミュニケーションが足りない

この一言で、すべてが片付けられた。

認知心理学では、これを「早すぎる閉鎖(Premature Closure)」と呼ぶ。十分な情報収集や分析を行う前に、最初に思いついた仮説に飛びついてしまう傾向だ。


第三章:連携促進定例の爆誕

ピコーンの結果、何が生まれたか。

連携促進定例」である。

全員参加。毎週開催。議題は「連携強化」。

…連携強化とは何なのか。

ここで重要な指摘をしておきたい。

コミュニケーションは手段であって目的ではない。

要求獲得における「コミュニケーション」とは、正確な要求を引き出すための手段だ。目的は「正しい要求を獲得すること」であり、「コミュニケーションをすること」ではない。

手段を目的化するとどうなるか。

  • コミュニケーションの「場」だけが増える
  • 中身のない会議が量産される
  • 本質的な問題は放置される
  • 参加者の時間だけが奪われる

これはパーキンソンの凡俗法則の変形でもある。本質的で難しい問題(要求獲得プロセスの改善)を避け、分かりやすい施策(会議を増やす)に飛びつく。

組織は、理解できない重要な議題より、理解できる些細な議題に時間を費やす。 ― パーキンソンの凡俗法則


第四章:会議体リセットという破壊活動

連携促進定例は、単体で生まれたわけではない。

不眠キングの「最強のやり方」の一環だった。その名もプロジェクトベース

…プロジェクトベース?

ここで素朴な疑問を投げかけたい。

「プロジェクト」とは何か?

プロジェクトとは「特定の目的を達成するための、期限のある活動」のことだ。つまり、ソフトウェア開発において、機能追加も改修もリリースも、すべてプロジェクトである。私たちは毎日プロジェクトをやっている。

ソフトウェア開発は、そもそもプロジェクトベースなのだ。

「うちもプロジェクトベースでいこう」と宣言するのは、「うちも今日から呼吸をしよう」と宣言するようなものである。すでにやっている。ずっとやっていた。

では、不眠キングの言う「プロジェクトベース」とは何なのか。

それは今、流行っているのか?

答えよう。流行っていない。なぜなら、流行りようがない。当たり前すぎて。

「DX」「アジャイル」「スクラム」。これらは確かにバズワードとして流行った時期がある。しかし「プロジェクトベース」は違う。あまりにも基本的すぎて、誰もわざわざ言わない。「弊社は電気を使って仕事をしています」と言わないのと同じだ。

では、なぜ不眠キングは「プロジェクトベース」を掲げたのか。

答えは単純だ。何も意味していないからこそ、都合がいい。

「プロジェクトベース」は実態のないラベルだ。中身が空っぽだからこそ、何でも入れられる。既存の仕事のやり方を否定し、「新しいやり方」を導入したという実績を作るための、便利な空箱である。

これはカーゴ・カルト的な経営手法だ。

カーゴ・カルトとは、第二次世界大戦中に南太平洋の島々で発生した現象である。物資を運んでくる飛行機を見た原住民が、滑走路や管制塔を木と藁で模造すれば、再び飛行機が来ると信じた。

不眠キングの「プロジェクトベース」も同じだ。

どこかのセミナーで聞いた。どこかの本で読んだ。成功企業が使っていたキーワードらしい。だから真似する。「アジャイル」「プロジェクトベース」「スクラム」「OKR」。言葉を並べれば、成功が降ってくると信じている。

木と藁で作った滑走路に、飛行機は来ない。

しかし不眠キングは気づかない。滑走路を作った時点で「仕事をした」と思っているからだ。飛行機が来るかどうかは、実はどうでもいい。作ったという事実が重要なのだ。

しかし実態を見てみよう。

従来の会議体は「全部いけてない」らしい。だから全てリセットして、新しい会議体系を構築する。

Before(既存の会議体):

  • 週次の進捗会議
  • 技術レビュー会
  • チーム別の朝会

After(不眠キングの最強のやり方):

  • 連携促進定例(全員参加、不眠キングが話す)
  • プロジェクト報告会(全員参加、不眠キングに報告)
  • 課題共有会(全員参加、不眠キングが指示)

お気づきだろうか。

すべての会議が「不眠キングを中心とした構造」に再編されている。

チームも再編された。名前が変わった。役割は…よく分からない。実質的には何も変わっていない。ただ、すべてが不眠キングに報告される形になった。

これはマイクロマネジメントの究極形態である。

「プロセス改善」という名目で、実際には権力の集中が行われている。そして当の本人は、自分が組織を改善していると信じて疑わない。


第五章:変換器としての離職率マスター

グレートリセット癖は、単独では発症しない。

点火役が必要だ。

ある日、技術的な課題について議論していた。

「今のシステム、構成が複雑すぎて、相当な規模のチームじゃないと運用が回らない」

これは純粋な技術的課題の指摘だった。システム構成の見直しが必要かもしれない、という問題提起。

この発言が、離職率マスターの脳内を通過した。

【入力】 「構成が複雑すぎて相当な規模じゃないと扱えない」

【離職率マスターの変換処理】

扱えない...

つまり、ダメってこと?

じゃあ作り直さなきゃ!

【出力】(不眠キングへの報告) 「このシステム、もうめちゃくちゃで作り直した方がいいです。いけてないです」

見事な劣化コピーである。

元の発言:「アーキテクチャの課題がある。段階的な改善が必要かもしれない」 変換後:「全部ダメ。作り直し」

この歪んだ情報が、グレートリセット癖を持つ不眠キングに届く。

💡ピコーン!

「やっぱりな。全部作り直しだ」

そして飛び火。元の発言者が「作り直したがっている人」として認識される。

本来の主張は真逆だった。

  • 計画を立てる
  • その過程で必要なものを見極める
  • 一部分から段階的に変える

稼働中のシステムを「全部作り直す」のは、ほとんどの場合、最悪の選択肢だ。これはセカンドシステム症候群として知られる、ソフトウェア開発のアンチパターンである。

「動いているコードを書き直してはいけない」 ― Joel Spolsky「やってはいけない過ち


第六章:なぜグレートリセットは失敗するのか

グレートリセットが成功することは、ほぼない。

理由は明確だ。

1. 既存システムの価値を過小評価している

動いているシステムには、何年もかけて蓄積された知見が埋め込まれている。バグ修正、エッジケースへの対応、運用上のワークアラウンド。これらは「いけてない」のではなく、「現実に適応した結果」だ。

2. 問題の本質を理解していない

ピコーンで飛びついた「原因」は、往々にして表面的だ。コミュニケーションが問題なのではなく、要求獲得のプロセスが問題。会議体が問題なのではなく、意思決定の構造が問題。

3. 「作る」ことと「変える」ことを混同している

ゼロから作り直すのは、実は楽だ。既存の制約を無視できるから。しかし現実には、既存のシステムを動かしながら、段階的に改善していく能力が求められる。

4. 自分の限界を認識していない

「俺が作る最強のやり方」は、たいてい素人考えだ。専門家が時間をかけて構築したものを、素人が短期間で超えられるはずがない。

ダニング=クルーガー効果が、ここでも顔を出す。能力の低い人ほど、自分の能力を過大評価する。


対策

グレートリセット癖を持つ上司への対処

1. 小さく始めることを提案する

「全部作り直す」ではなく「まず一部分で試す」を提案する。パイロットプロジェクトやPoCの形で、リスクを限定する。

2. 既存システムの価値を可視化する

「いけてない」と言われたら、そのシステムが解決している問題のリストを作る。「これらを全部ゼロから解決し直す必要がありますね」と伝える。

3. 段階的な改善計画を提示する

計画を立て、優先順位をつけ、一つずつ改善する道筋を示す。「全部壊す」より「少しずつ良くする」方が現実的だと、具体的に説明する。

4. 失敗事例を共有する

「フルスクラッチで作り直して失敗した」事例は、IT業界に山ほどある。Joel Spolskyの「やってはいけない過ち」、Netscapeの崩壊、その他無数の事例を「たまたま」共有する。

変換器(離職率マスター型)への対処

1. 重要な話は直接伝える

離職率マスターを経由すると、情報が歪む。重要な技術的議論は、意思決定者に直接伝える。

2. 文書で残す

口頭だと変換される。メールや議事録で、自分の発言を正確に記録しておく。

3. 変換結果を確認する

「私はそう言っていません」と、誤解を早期に訂正する。


観察者の所感

グレートリセット癖は、ある意味で「変革への意欲」の歪んだ発現だ。

現状に問題がある、何かを変えなければならない。その危機感自体は正しいのかもしれない。

問題は「変える」方法だ。

壊すことは簡単だ。変えることは難しい。

既存の構造を理解し、良い部分を残し、悪い部分を特定し、段階的に改善する。これは地道で、時間がかかり、派手さがない。

一方、「全部壊して俺が作り直す」は派手だ。リーダーシップを発揮しているように見える。決断力があるように見える。

しかし実態は、理解する努力を放棄しているだけだ。

「複雑な問題には、単純で、わかりやすく、間違った解決策が必ず存在する」 ― H・L・メンケン

不眠キングよ。あなたの「最強のやり方」は、本当に最強だろうか。

連携促進定例は、要求仕様のずれを解消しただろうか。会議体のリセットは、組織のパフォーマンスを向上させただろうか。チームの再編は、何かを良くしただろうか。

結果で判断してほしい。

そして、離職率マスターよ。あなたの「変換」は、組織に何をもたらしているか自覚しているだろうか。

技術的な課題提起を「全部ダメ」に変換し、提起した人に飛び火させる。これは組織の学習を阻害し、まともな人から順番に去っていく原因になる。

ピコーンは気持ちいい。「分かった!」という感覚は快感だ。

しかし、複雑な問題に簡単な答えはない。ピコーンの後に、立ち止まってほしい。「本当にそうか?」と。

グレートリセットの誘惑に負けず、地道な改善を続けられる組織だけが、生き残る。


参考文献

  1. Spolsky, J. (2000). “Things You Should Never Do, Part I”. Joel on Software.
  2. Brooks, F. P. (1975). The Mythical Man-Month. Addison-Wesley.(邦訳『人月の神話』)
  3. Kruger, J., & Dunning, D. (1999). Unskilled and unaware of it: How difficulties in recognizing one’s own incompetence lead to inflated self-assessments. Journal of Personality and Social Psychology, 77(6), 1121-1134. DOI
  4. Parkinson, C. N. (1957). Parkinson’s Law. John Murray.

How to cite this article

Anonymous (2026). 「全部壊して俺が作り直す」― グレートリセット癖という病. Journal of Ojisan Studies, 1.